98歳の夫と89歳の妻―誰もがこうありたいと願う夫婦の純愛ドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』でメガホンを取ったチン・モヨン監督にインタビューを行なった。
監督 撮影がだいたい1年くらいかかるということを事前にお二人に了承いただきました。直接お目にかかる以前にTVなどで紹介をされていた方なので、お二人がどういう夫婦なのかという基本的な知識は自分の中にありました。お会いすると1日だけ考えさせてくれとおっしゃったのですが、その1日のうちにお子さんたちと相談されて、すぐに撮影許可をいただきました。特別な準備をすることはなく、通い詰めながら長い期間撮影をさせていただきました。
―急にカメラが入ると相手も緊張されると思いますが、いかがでしたか?
監督 お二人はTVに出演した経験があったので、カメラを向けて緊張することはありませんでした。なるべく自然な姿を撮ろうと思い、スタッフを一切連れずに一人で一台のカメラをもって撮影しました。家の中でもなるべく目につかず邪魔にならないところで、視線の先に自分が立たないように注意しながら撮影しました。
―撮影には15か月かけたと聞きましたが、おじいさんを見守っていたいという思いはありましたか?
監督 夫婦の76年間という結婚生活をじっくりと映像に収めるためには、四季の風景を反映するのが効果的だと考え、だいたい1年とお話ししました。その間に、おじいさんが病気になり、かなり状態が悪くなるうちに「1年経ったからさようなら」という訳にはいかなくなりました。おばあさんが、おじいさんの最期をいかに愛情深く見送るかという物語的には非常に重要なメッセージが込められているため、撮らせていただくことにしました。
―トイレに行くシーンや無邪気に雪遊びシーンが印象的ですが、そのようなシーンはすべて偶然なのでしょうか?
監督 おじいさんは昔からいたずら好きなんです。おばあさんがまだ幼かった頃に結婚をしているので、子どものころからずっと見てきました。からかったり、驚かせて喜んだりをずっと繰り返してきて、76年後もずっとそれを続けていました。映されているエピソードは、カメラの前で一回だけやったのではなくて、撮影をしている間に日常的にやっていました。生涯にわたってそうやってきたのです。お花が咲くと摘んでおばあさんにあげたり、落ち葉があるとおばあさんにかけてふざけたり、おばあさんが川に洗濯しに行くと、石を投げて水しぶきを立てて驚かせたり、こういったいたずらや遊び心がお決まりだったのです。そういったいたずらが愛情表現だったのだろうし、おばあさんは本当に拗ねているのではなくて、構われていることへの喜びを感じていたのではないかと思います。この夫婦独特の愛を確かめ合うユーモラスな行動だったと言えるのかもしれません。撮影時間は400時間分を撮りためていて、それを86分に編集して映画にしました。
―韓国では鑑賞者の約40%が20代ということですが、若い層に受けた理由はなぜですか?
監督 本作の主人公は山奥に住む老夫婦ですが、高齢な老夫婦にも関わらず20代の人が彼らに感情移入し、自分たちにダブらせていたのではないかと思います。自分には関係ないと思うのではなくて「私も愛したい」「私も愛されたい」と思ったり、「幸せに末永く二人で暮らしたい」と思ったのかもしれません。日本もそうかも知れませんが、現代社会は若い人にとってはとても恋愛や結婚をしづらく、非常に苦しい社会であったりもします。特に20代の男女は愛に飢えている年代でもあると思います。この夫婦を通じて「自分たちも愛したい」と若い人たちが考えたのではないでしょうか。70年以上もずっと愛し合って幸せに暮らすなんてありえないと現代の若者たちが思っている中で、実際にそうやって暮らしていた夫婦が目の前にいるということが、20代にとっては夢であり希望であり、自分たちにもできるかもしれないという希望を見出している気がします。よく「思いきり愛されたい」と聞くことがありますが、この夫婦を通じて教えられたのは、愛というのは受けるものではなくて与えるものだということです。愛すれば愛するほど、人を愛しているのではなくて自分自身を愛していることにもつながるというのを夫婦は教えてくれました。この夫婦にとっては愛が存在する二人の暮らしこそが人生の幸せそのものだと身をもって教えてくれたと思います。
―最後にメッセージをお願いします。
監督 私は映画監督ではありますが、本作は私がシナリオを描いて演出して俳優たちを動かしたわけではありません。夫婦の暮らしをカメラに収めただけで、この作品を完成させたのは、あくまでも出演者の老夫婦二人だと思っています。お二人の素晴らしいところは、なんの演出もなく、暮らしぶりをただ単に見せることで、愛というのはこういうことだと正確に表現してくれたことです。これは私だけではなく、観客のみなさん全員に対するプレゼントになると思います。人生における幸せ、そして人生における愛のある暮らしがどういったものであるかというメッセージを二人は提供してくれています。ぜひ観客の皆さんはそのプレゼントを受け取ってほしいと思います。
映画『あなた、その川を渡らないで』は2016年7月30日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国で順次公開!
監督:チン・モヨン
出演:チョ・ビョンマン、カン・ゲヨル
配給:アンプラグド
2014年/韓国/86分
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