東野圭吾原作x阿部寛主演の笑撃サスペンス『疾風ロンド』の吉田照幸監督にインタビューを行った。
―東野圭吾さんの原作を映画化しようと思った経緯を教えてください。
吉田監督 原作を読んで映像化したいと思っていた時に、東映さんも考えていらっしゃったようでお話をいただいてからは、とんとん拍子で進みました。
―なぜこの作品を選んだのですか?また、コメディとサスペンスのバランスはどのように考えていらっしゃいましたか?
吉田監督 コメディとサスペンスの要素があり、それを融合させるという新しいものへの挑戦が出来ると思ったからです。サスペンスとして、ガチンコでやってしまうと犯人が死んでいますから難しい面があります。また、スキー場にいる人たちの人生もありますが、それを描いてしまうとサスペンスを見に来た人にとっては「サスペンスじゃないじゃないか」ってなってしまう。それをコメディで包むと成立するんじゃないかと思いました。悲劇と喜劇が表裏一体のように。栗林は苦労しているのに、みんなはそれをかわいそうとは思わずに、笑ってしまう。危険なものが埋まっていると言っているのに、その奮闘ぶりを見て笑っちゃう。でも、うまくいってほしいと応援している気持ちもある。その結果、感情移入が促されて、人生も含めて見ることが出来る。日本の映画ではあまりないと思ったんです。サスペンスはサスペンスだし、ドラマはドラマであることが多い。ただ、初めはそういうことは意識していなくて、とにかくおもしろいものにしようと思っていましたし、サスペンスとコメディとドラマ、全部を成立させようという気持ちしかなかったです。
―阿部寛さんのユニークさが表れているキャラクターですが、キャスティングの理由を教えてください。
吉田監督 脚本を書く時に阿部寛さんを想定して書いていました。理由は、慌てる時におもしろい人だから。阿部さんは大柄だから、そもそも慌てるだけでもおもしろいし、顔の表情も豊かなので、困った顔もイメージしやすかったんです。最近はシリアスな役が多かったりしますが、昔阿部さんが出られていた舞台をテレビで見たんですが、ロッカールームの中でずっと騒いでいる演技をしていたのが忘れられないんです。それがおもしろすぎて、その阿部さんを忘れられなかったので、あの慌てる阿部さんが演じてくれたらおもしろいんじゃないかって思いました。
―笑いを誘う穴に落ちるシーンはどのように撮影したのですか?
吉田監督 あれは穴を空けて、落ちただけです(笑)。あのように落ちようと思った経緯は、ロケハンのときに助監督があのように落ちたからです。あんなところにスポって埋まってしまうような穴が突然あるんです。そして、出られないんですよ、埋まってしまって。実際に足が届かなくて、底が抜けているので、とても危険です。ただ、阿部さんは背が高いから、用意する穴の深さが半端じゃなくて大変でした。あのシーンは阿部さんの撮影初日で、しかも落ちた後にカットをかけなかったので、穴から引き出された阿部さんがどうしたらいいか分からずに、もう一回落ちたんです。あれは本当に笑いました。完全にアドリブです。穴から出すところで終わりなんですけど、おもしろくて「カット」を掛けるのを忘れていたら、阿部さんは「困ったな」という表情をしていて、大倉さんは先にそそくさと逃げていってしまった。残された阿部さんは、どうしたもんかと思い、もう一度落ちたんです。あれは現場でも大爆笑しました。
―あのシーンで、笑っていいんだという空気になりましたね。
吉田監督 本当にあったことだからリアリティのある事なんですけど、でもちょっと変なリアリティを出そうといかにも脆そうな感じにしようかとか、崖にしようかとかをすると、落ちたことが笑えなくなるんです。あのシーンのおもしろさは、大きな阿部さんがスポって埋まることなんですよね。そういう具合がコメディに振っているって思われますが、実際にはそこまで多くないです。でも、全体が明るいトーンで包まれているので、そう感じられるのかなと思います。
―スキー場の撮影は自然との闘いだと思いますが、苦労した点はありますか?
吉田監督 よく聞かれますが、本当に苦労してないんです。ただただ楽しくて。でも、よく考えてみたら、ずっとスキー場にいるので、周りの方から楽しい空気が出ているんですよ。林の中に入っても、そこはスキー場のゲレンデですから、明るいトーンになっちゃう。映画ってそこに宿る空気が映像に出ちゃうんじゃないかなって思います。
―阿部寛さんが現場に行くと雪が降ると聞きましたが・・・。
吉田監督 阿部さんの初日は本当は晴れてほしかったんですけど、それまでずっと晴れていたのに豪雪になりました。それで本人はエヴェレストより寒いと言われていました。結果的には寒々しくて大変なところに来たなという空気が出ていてよかったなと思います。
―大倉さんが監督に「ジャニーズの良さを出してくれ」と言われたとおっしゃっていました。どのような演出をされましたか?
吉田監督 衣装合わせの時も根津の家庭環境はどうだったのかという質問をされるような、背景まで考えられている役者さんだなと感心しました。ジャニーズの良さを出してくれという意図は、根津というのはただひたすらかっこいい役です。それにちょっと芝居に色気をつけて、かっこよさ以外のものを足そうとするとキャラクターがぶれちゃう。かっこよくなきゃいけない理由は、栗林が言っている“信じられないようなこと”を信じて、熱く探し始めるからです。それはかっこよくないと説得力がない。役者さんは何かの役を演じて惹き付ける。だから、振り向く芝居をいっぱいつけてかっこよさを強調しました。いっぱい振り向いていますよね。かっこいいでしょ、振り向くと。撮影中本人には言ってないです。とにかくかっこよく見えるように演出しました。
―大島優子さんとムロツヨシさんのアクションシーンのカメラワークに驚きました。
吉田監督 雪上のチャンバラシーンを映像化することの難しさが、東野先生が映像化不可能と言った大きな理由だと思います。実際滑る方は分かると思いますが、滑りながらチャンバラなんて無理なんです。でも、字で読むとおもしろい。どうやって映像表現するかとなったときに『キングスマン』で使っていた撮影法を知り、これだと思いました。時が止まったように演じれば、おもしろくなる。中盤のシーンの撮影打ち合わせで、スキー場で上から下までGoProで撮っている一般の人の映像が頭に浮かんで、思わず口走っちゃったんです、GoProで撮りましょうと。そして、一般の人が撮ったという設定にしましょうと言ったら、それは見たことがないからおもしろいかもしれないってなりました。でも、実際にやってみないと分からないので、セカンドユニットに頼んで撮ってもらったんです。そしたら、自分が滑っているみたいになった。すごいですよね。まったく勝算ないのに口走っちゃったことが、うまくいきました。今の時代はでかいカメラじゃなくても、そういうカメラを使ってPOV(*1)っていっぱいあるじゃないですか。でも、スキーでPOVを使った人がいなかった。しかも、その人のPOVじゃなくて、それを観ている人のPOVという、まさに観客と一体化した人が追いかけていくことで感情移入しちゃう。観客も一緒にやっているような感覚になるんですよね。アクションってどんなに派手なシーンを作っても、みんなすごいのを見ているから、すぐに飽きちゃいます。でも、ひとつのことに感情移入していると、応援したり、すごくドキドキしてくる。だから体感ということに関しては勝負をかけていましたし、撮ってきてくれた映像を夜に観た時、スタッフもいけるんじゃないかという顔をしていたのを覚えています。映画表現で、クリストファー・ノーランがあれだけのお金使っているのにCGじゃなくてできるだけリアルに撮りたいという気持ちはわかる気がします。やっぱりリアルなものって人間の奥底に訴えかけるんじゃないかと思います。
*1・・・Point of View(主観ショット)/登場人物の視線に合わせたカメラワークで、登場人物が見ているような映像を体感できる撮影方法
―最後に、本作を楽しみにしている方にメッセージをお願いします。
吉田監督 東野圭吾さんの原作、阿部寛さんの主演で、サスペンスと笑いとドラマがぎゅうぎゅうに詰まって、さらにアクションまである贅沢な作品になっています。見終わった後、さわやかにごはんをおいしく食べられる映画だと思います。ぜひ劇場に足を運んでください、ってラジオみたいですね(笑)
未知の生物兵器「K-55」が研究所から盗まれた―。手がかりはスキー場らしき場所で撮られたテディベアの写真のみ。すべてを押し付けられた主人公の研究員・栗林を阿部寛、栗林をサポートするパトロール隊員・根津を大倉忠義(関ジャニ∞)、根津とともに捜査に協力するスノーボードクロス選手・千晶を大島優子が演じる。「サラリーマンNEO」や「あまちゃん」の演出を手掛ける吉田照幸監督がメガホンを取り、サスペンスにユーモアを加えた。
映画『疾風ロンド』は2016年11月26日(土)より全国で公開!
監督:吉田照幸
原作:東野圭吾「疾風ロンド」(実業之日本社刊)
出演:阿部寛、大倉忠義、大島優子、ムロツヨシ、堀内敬子、戸次重幸、濱田龍臣、志尊淳、野間口徹、麻生祐未、生瀬勝久、柄本明
配給:東映
©2016「疾風ロンド」製作委員会