映画『ブランカとギター弾き』でメガホンを取る長谷井宏紀監督に単独インタビューを行った。
一番大きいのは、現地の路上の子供と「一緒に映画を作ろうね」って、約束していたことです。いろいろ旅する中で、フィリピンの子供たちからもらった感覚などを、多くの人にシェアしたいなと思いました。外部からあそこに行って映画を作りたい人はなかなかいない。でも、僕はもらったものをシェアしたいと思ったからです。
―もともと映画を撮るために海外に行ったのですか?
旅自体は20代前半の早い段階からです。“映画を作りたいな”という感覚が芽生えて、映画を撮るのなら生活を体験したいなと思って、そこから旅をしました。ほとんどスラムで、バックパッカーだから路上しかないじゃないですか。だから路上の旅になりました。いろんな人の生活や価値観、文化などを学んだり、体感・実感することで映画の中に落とし込める状態になるまでに、多くの時間がかかってしまいました。
―本作に出演するピーターは役者ではなく、偶然出会ったと聞きました。どこで出会ったのですか?
路上(笑)彼は盲目で、もらうお金を缶にいれて、それを小さな男の子がずっと見守っているコンビでした。僕もピーターを見てドキッとして、この人と何かやってみたいなと思いました。ピーターは生まれた時から盲目です。
―もともと役者ではないけれど、存在感がありますよね。
彼自身が歩んできた道を生き抜く力に“すごい人だな”と尊敬しました。8~9歳の頃に孤児になって、道端に出た。最初はお金を稼ぐアイデアもなかったけど、学んで、ギターにいきついた。プレイボーイで、彼女がいっぱいいた。それは会ってしばらくしてから聞いたんだけど、一目見たときに、その存在感がすごいと思った。
―路上で生活している二人というと、かわいそうな人として描かれがちですが、この映画のピーターは優しくて、心が豊かな感じがして素敵だと思います。湿った映像ではなく、乾いた映像なところが気になりました。
“人には力がある”というところだと思います。物事を描いていくときに、人間の力をシェアするべきところだと思いました。ネガティブに描くのは簡単だと思うんです。でも、人と分かち合う、場を共有するということが、どういうことなのかと考える。いろんなタイプの映画はあるけど、僕の好みがこういうことなんです。もちろんハードな生活だし、厳しいことでもあるんだけど、僕らに置き換えても同じだと思うし、どうして彼がかわいそうに思えるのか、なんでそう思えるのかっていうところをちょっと掘っていくと、僕らは満ち足りたところにいて、生活するのに困らないお金があったり、住む場所があったり、車があったり、物質的な物事を考えることが多いと思うんです。でも、物質的なものにあふれた生活をしている者が、動物として人間として、豊かなのかというと、そうでもないんじゃないのかなと言う気がします。物質的に豊かであるものが豊かであるという視点だと、それを持ってない人を見たら“かわいそうだな”って言う発想になると思うけれど、それはあくまでそこにいる人たちと交わったことがない人の感覚だと思う。ブランカもハードな世界に暮らしているけど、モノを盗まなきゃいけないとか、お母さんを買うという発想も含めて、幸せがお金で買えてしまうんじゃないかという安易な感覚がありますが、それは彼女にしたら必死な感覚で、いろんな人と出会い、ピーターとの出会いなどを経験していく中で、彼女が最終的にたどり着くところが人と人との間の関係性です。彼女が帰る場所、いたい場所、彼女にとっての家みたいなものが存在すると描いたつもりです。
―それはとても伝わってきて、最後に見せる笑顔がとても印象的でした。
ありがとう。僕はあの一瞬のために映画を作りました。あのカットを作る事が一番重要だったから、あれを撮れて、現地のクルーも泣いている人もいたくらいです。なかなか難しいけど、撮れてよかったなと思っています。
―ブランカはいいことがあってもすぐに悪いことが訪れます。幸せと絶望が交互に起きて心がかき乱されました。でも、見た後はすっきりして、気持ちよかったです。
それは最高だね。映画を作るのは時間がかかる。今回は短いんです。ヴェネチア映画祭で書けるって決まってから、トータルで10か月のプロジェクトでした。本を書いて、プリプロダクション、キャスティング、撮影、音楽付けもあって、上りまで8か月弱だったんです。しかし、日本で公開するまでに2年かかっている。自分があそこで作ったものとこれまでも、これからも付き合うことになる。いい気持ちだと言ってくれると、僕も楽しいし、作って良かったなって思う。自分も楽しく生きていきたいし(笑)この映画を作ったのは、約束もあるし、フィリピンの人たちへの思いもあるけど、僕が楽しみたいからというのもある。僕が楽しんで、みんなが楽しんで作った映画はいろんな人が楽しんでくれるんじゃないかなというすごく単純な流れで作った。あまり複雑でもない。分かりやすい感情ですね。
―監督が楽しんで作れるのはいいことですね。
最高ですよ。宣伝の話をしているのも楽しいし、チラシを作って、宣伝、配給のみんなと色々な話をして、いろんな人とお会いして、映画を観てもらって、いろんな人たちが関わってくれる。それも楽しい。楽しんで作ったから楽しいのかなって感じです(笑)
―ブランカも初めての演技ですね。どうやってキャスティングしたのですか?
ほぼ、みんな初だよ(笑)脚本はパリで書いていたんだけど、その時にイタリアのプロデューサーから「こんな子がいるよ」ってYouTubeのリンクが送られてきた。YouTubeを見たら、まさに僕が求めていたブランカだった。この子でやりたいってなと思って、その場で決めた。ただフィリピンの現場に入ったときに「彼女は遠くの島に住んでいるから無理だ」って言われて、プロダクションから諦めてくれと言う話になった。そこから時間かかったんですけど、撮影の2週間前ごろに、キャスティングが難航している中でもう一回アプローチをかけたら、自分の事務所の近くにいたんですよ。それで、すぐ来てくれてやりたいって言ってくれた。本当にラッキーだった。
―運命ですね。ほかのキャストも大変でしたか?
ピーターも探すのにも1か月くらいかかった。東京から長野くらいの距離の場所にいて。そりゃ見つからないやって思った(笑)「ピーターを探せ」ですよ。
―連絡先も居住地もないですよね。
ないですね。盲目のコミュニティで探し回りました。また、彼がギターを弾きそうな道端をどんどん歩いて、スタッフも別で探してくれてたんですけど、全然見つからなかった。1か月くらい経って「役者を使ってくれ」と言われた。「どんな役でも100%答えてくれる役者がいるからオーディションをやろうよ」って言われたんだけど、「そんなの絶対嫌だ」「帰る」って言っていたら、みんなもそこまで言うなら帰ればっていう感じになった。でも、そこで「ピーターがいた!」って電話がかかってきた。そこから車で2~3時間かかる場所にいました。
―奇跡を固めて作ったような作品ですね。
映画を作るということは、いろんな人生がかかわってくる中で奇跡が生まれやすいんだと思う。
―観る前はファンタジーっぽい話かと思ったんですけど、実際見たら結構ヘビーだった。悪意がある場所で暮らしている少女が主人公ではありますが、ただ映像自体がとてもきれいで、ブランカの衣装や、セバスチャンの派手なズボンも花を添えている。気持ちを上がらせる感じがとても素敵ですね。衣装へのこだわりは?
ピーターが着ているの大体僕の私物ですね。セバスチャンも結構僕のを着てる。ブランカのは衣装のスタッフがやってくれたんだけど、パイナップル柄の衣装とかは僕が買ってきた。オレンジ柄のも僕が買ってきて、みんなで決めた。衣装はメインどころは僕がやらせてもらった。衣装さんとコラボレーションできました。
―トランスジェンダーの方の衣装とかもとても素敵ですね。また、彼女の善意には心が洗われました。
彼女は現場で初めて会ったんです。残りの二人はトランスジェンダーのクラブで出会ったんです。現場で決まったことは結構あったんです。背景に映る人まで細かくキャスティングしたけど、住所は分からないし、連絡も取れない。「ここまでやったのに…!」って思っていた。そうしたら現地のスタッフから「現場にカメラおいたら来るから、そこで選んで」って言われた。彼女が出てくるシーンで後ろで叫んでる人はフィリピンの映画のレジェンド俳優。レジェンドだけど破天荒で、路上で暮らしてるんですよ。撮影していたら、たまたまその場に立ってたんです。そうしたらみんなが騒いでて「レジェンドいるよ」って言われた。これは出てもらうしかないなと思ったけど、プロダクションからの予算はないから「監督お金出して!」って言われて、その場で「はい!」って渡した。結局僕が書いたもの全部無視(笑)でも「いいこと言ってる!」ってなった。現場で変わっていくことを楽しんだね。波が来たら波に乗る。
―最後にメッセージをお願いします。
僕は日本に拠点を置いて数年になりますが、生きづらいというニュースを耳にしたり目にしたりします。その中で、僕らは豊かだと言われている暮らしをしています。それとは対照的で、ブランカは真逆にいるという言い方ができると思う、お金もないし大変な場所に暮らしている。でも幸せはお金で手に入るんじゃないかという生きづらさは同じだと思う。映画で全部をひっくり返すことはできないけど、ブランカが逆境に立ち向かって、幸せをつかもうとする姿に共感したり、勇気や希望を持てたら僕も光栄です。前向きに日々を生きていくための何かを見つけてくれたら嬉しいです。
映画『ブランカとギター弾き』は2017年7月29日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国で順次公開!
監督・脚本:長谷井宏紀
出演:サイデル・ガブテロ、ピーター・ミラリ、ジョマル・ビスヨ、レイモンド・カマチョ
配給:トランスフォーマー
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