ホアキン・フェニックス主演の衝撃作『ビューティフル・デイ』でメガホンをとるリン・ラムジー監督に単独インタビューを行った。
―初めに、原作となった小説との出会いを教えてください。
監督 元々私がジャンル物の作品が好きだということを知っているフランス人の制作会社の方が教えてくれました。私が最初に読んだときは、フランスで電子書籍でしか発表されていませんでした。すぐに読み切れるくらいの長さのノワール的な作品でした。ただ送ってくれた会社が映画化権を取得しているわけではなかったので、それをある意味で自分の実験として脚本を書いてみようと思いました。何よりもキャラクターに惹かれて、この世界観を広めてみたらおもしろいと思ったからです。
―暴力的なことが行われている“はず”ですが、直接的な描写は少なく感じました。そこは意識したことですか?
監督 結構「暴力的だね」、「暴力的な感じがする」というコメントはもらうんですけど、映画の画面外で行われています。恐らく私が興味を持ったのは、ジョー(ホアキン・フェニックス)というキャラクターの頭の中にあるバイオレンスだったからだと思います。監視カメラという機械越しの暴力描写の捉え方をしてから、パーソナルな暴力表現に変化しているのもそういった理由からです。私だけではなくホアキンもそうですが、これまでに100万回と行われてきた暴力描写をするのではなく、違った形でどう描写できるかということを考えました。暴力シーンの事後を見せることで、みなさんは何が起きたかが十分に分かると思いました。観客は点と点を線でつなげると思ったし、この作品の場合はたくさんの悪役が倒れていくのを見る必要は特にないと思いました。ただ見ているときにワクワクして、何か強いものがあって、ものすごい勢いがある、そういうシーンにするようには心がけていましたが、自分のやり方で表現したかったのです。ちなみにアクションシーンを撮るのは初めてでした。
―この映画は主演がホアキン・フェニックスだったからこそなりたったのではないかと思うほど、ホアキンの存在感が大きい作品です。その出会いを教えてください。
監督 私もそう思います。脚本の一行目を書く前から、PCの画面上にホアキンの写真を貼っていたくらいイメージしていました。彼がこのジョーというキャラクターに“もろさ”をもたらしてくれるのではないかと思いました。腹筋が割れているようなキャラクターにはしたくなくて、ヒューマンなキャラクターにしたかったのです。私の意見ですけど、ホアキンはいま世界で一番の役者だと思います。このような作品は彼もやったことがありません。彼は作品を選ぶことで知られているので、やってもらえるか分かりませんでしたが、以前『戦争のはじめかた』(2001)という作品でホアキンと仕事をしたプロデューサーと今作でご一緒したので、その経緯から彼に声をかけることができました。最初は電話で彼と話したんですけど、少し電波が不安定な国際電話で、しかも私はスコットランド訛りが強くて、ホアキンは後から「監督が言っていたことは半分くらい分からなかった」って言っていました。私はテレパシーで“やってくれるように”と彼にメッセージを送っていたのではないかなと思います(笑)
―撮影期間が短かったと伺いましたが、もっとも時間をかけたことは何ですか?
監督 今回私にとって初めてとなるアクションシーンですね。時間がなく、凝ったことはもちろんできなかったので、とにかくいかにコンパクトにできるかを常に考えながらアプローチをしました。素晴らしいキャストに恵まれたので、役者さんとの作業は特に手間取ることはなくて、アクションシーンを綿密に準備することに時間をかけることができました。「グラフィックノベル的だね」と言う方もいて、ある意味当たっていると思うのは、数少ない画を通して物語を作らなければいけないからでした。つまりどの画を切り取るのかを意識しなければいけないという意味ではその通りだと思いました。それは私にとってはワクワクするチャレンジでした。
―各シーンについては撮影前に組み立ててから挑みましたか?その場で組み立てた部分もありますか?
監督 撮影期間が短いのは最初から分かっていたので、脚本や準備段階からみんなで話し合いながら事前に決め込んでから臨まないと時間がもったいないと思いました。私はパズルを解くのが大好きなので、楽しみながらやりました。撮影監督とは毎朝話をして、例えば3ショットで撮影する予定のシーンを、1ショットで撮れないかと、どんどん減らしていくやり方をしました。おかげでほとんど眠らずに撮影することになりました。もちろんホアキンとはいろいろ話しながらアイデアをもらったり、空間に身を置いて初めて感じることもあるので、それも取り入れて臨機応変に行いました。私はサウンドデザイナーやカメラマンも脚本段階から一緒に仕事をするようにしており、今回もそうしています。そういうやり方でなければ短期間で作ることはできなかったんじゃないかなと思います。
―ホアキンと並ぶくらい、エカテリーナ・サムソノフの演技が素晴らしいために本作がよりミステリアスに仕上がっていると思いました。彼女とはどのように出会いましたか?
監督 オーディションです。エカテリーナはほとんど演技経験がなくて、自然な素質を持っていました。NYでキャスティングをしていたのですが、他にもちろんミュージカルや演劇などの役者はたくさんいましたが、みんな妙に大人びていました。私が求めていたのは子どもらしさをどこかに持っている方でした。彼女はそれを持ちながらもすごく利発でもあり、何と言ってもスクリーンテストをしたときの存在感が素晴らしかったです。実際2回目のオーディションでは、ホアキンとアドリブで演技をしてもらったのですが、すごく自然にそれについていくことができたので、彼女でいこうと決めました。実は今回ホアキンはクランクインする7週間前にNY入りしてくれました。あのレベルの役者さんとしては考えられないくらい早くて、最初はどうしようと思ったのですが、おかげでオーディションにも全部参加してくださったので、相性等を一緒に確認することができました。
―エカテリーナを選ぶ時もホアキンに意見をもらいましたか?
監督 全員をホアキンに会わせたわけではないのですが、ホアキンとも「彼女は強いものを持っているね」という話をしましたし、ナチュラルで演技臭くないという話もしました。“ただカメラの前に存在する”ということができる、そういう素質を彼女は持っています。子どもなのにもかかわらず、惹きつけるものがありますよね。役者さん同士、家族などの近い関係を演じてもらうときは、私はキャスティングの段階で相性を見ます。特に今回はホアキン演じるジョーとお母さんとの関係性も大事ですので、ジュディス(・ロバーツ)演じるお母さんとの相性も見ています。間違えてしまうと大変ですからね。前作でのエズラ・ミラーとティルダ・スウィントンも同じように相性を見るために事前に会ってもらいました。その時のテストの写真を撮っているんですけど、エズラは髪が黒くて、逆にティルダは金髪、そんな対照的な二人がお互いが不快なような感じで顔をそむけているのがイメージにぴったりでした。
―本作はセリフが少なめな作品で、改めて音楽の重要さが感じられました。映画の音楽についてどのようにお考えですか?
監督 私は映画は音楽のようだと思っています。脳内に起こす効果がとても近くて、映画は編集を通して音楽と同じリズムを持っている。また劇中に使われる音響・音楽として意識下に働きかけているというのもとても近いと思います。私はミュージシャンになれなかったミュージシャンかもしれません。その気持ちを映画にぶつけているのかもしれませんね。
―音楽がとてもスリリングで、暴力描写はないのにそういったシーンを想像することができました。
監督 その通りだと思います。音楽はこの映画においてキャラクターの一つになっていると思いますし、ジョニー(音楽を担当したレディオヘッドのジョニー・グリーンウッド)もかなり早い段階からスコアを作り始めてくれました。出来上がった映像を物語の順番通りにどんどん彼に送って、それに対して彼がインスパイアを受けてスコアを書くという流れでした。タイムコードを全く無視して作ってもらいました。それがキャラクターのように、ジョーのような存在になっていきました。音楽もジョーと同じように、こっちに行くかなと思ったら違った方向に行き、突然爆発したり、時にはオープンであったり。そういう効果になっていると思います。
【取材・写真・文/編集部】
2017年カンヌ国際映画祭コンペティション部門で男優賞(ホアキン・フェニックス)と脚本賞(リン・ラムジー)をW受賞した本作。ハードボイルド調のクライム・スリラーというべき物語を、唯一無二の感性が息づく演出、演技で映像化し、観る者にジャンルの枠をはるかに超えた映画体験をもたらす衝撃作。元軍人の主人公ジョーを演じるのはホアキン・フェニックス。メガホンをとるのは、本作が6年ぶりの監督作となるリン・ラムジー。
映画『ビューティフル・デイ』は2018年6月1日(金)より新宿バルト9ほか全国で公開!
監督・脚本:リン・ラムジー
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ
配給:クロックワークス
Copyright © Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. © Alison Cohen Rosa / Why Not Productions