映画『凪待ち』で昆野美波役を演じる恒松祐里にインタビューを行った。
―オファーを受けた時のお気持ちをお聞かせください。
恒松 白石監督の作品にずっと出たいと思っていたので、とてもうれしかったです。今回この立ち位置での出演ということで挑戦しがいのある役柄だと思いました。
―お話を受けた時点で物語はできあがっていましたか?
恒松 なんとなく聞いていて、その何か月か後に台本をいただきました。最初に台本を読んだ時は、重い話ですが、その中で最後に光が見えるという内容だったので、私自身こういった作品に出ることがあまりなく、楽しい作品や役柄が多いので、“挑戦だな”と思いながら臨みました。
―白石監督の映画に出たいとおっしゃっている俳優さんや女優さんは多いと思います。今回白石監督とご一緒していかがでしたか?
恒松 初めてお会いしたのはこの作品よりも何年か前に雑誌の取材でご一緒しました。その時は一日だけだったのですが、監督が物語を作って、その物語に合わせて衣裳を着て写真を撮るという内容で、それ以来久々にお会いしました。白石監督は怖い作品を撮っているけど、実際はとてもやさしい方なので気さくに話しかけてくださいました。
―恒松さんが演じた美波はどのように作り上げたのですか?
恒松 自分で台本を読みながら現場で作り上げていくことが多かったです。監督からは、“恒松さんのままでいい”ということだったので、そのまま演じたところはあります。美波は引きこもっていたり、友達は少ないんですけど、基本的には明るい女の子で、不登校になった原因はいろいろあるんですけど、映画で描かれているのは自分の居場所がある美波です。(香取慎吾演じる)郁男と(西田尚美演じる)お母さんという3人組が一番美波の居心地がいい場所であって、そこから映画はスタートするので、暗い役というよりも明るい役。明るい要素は私にもあるので、そこを活かして演じたという感じはあります。
―香取さんは「恒松さんが明るいのがほっとする瞬間だった」とおっしゃっていました。他では見せない郁男の顔があったと香取さんがおっしゃっていたと思います。
恒松 私も実際に映画を見て、“香取さんってこんなに怖い顔をしていたんだ”と思う場面がたくさんあって、こんなに眉間にしわを寄せていたんだと思いました。でもそれを私の前では一切出していません。映画ではその割合が多かったと思いますが、私が演じた美波のシーンでは、ほがらかな顔というか優しい郁男の面しか見せていなかった。やっぱり美波の前では郁男は落ち着ける場所というか、香取さんもおっしゃっていたように友達でもあり娘のようでもある存在という立ち位置だったと思います。
―役とは別に撮影以外でお話はされましたか?
恒松 しました、世間話ばかりですけど(笑)もう忘れてしまうような郁男と美波のような話なんですけど、一つだけ覚えているのは、香取さんが家のシーンの時に、紙とペンを持っていていきなりそこで絵を描き始めたんです。香取さんはアーティストとしても活動されていらっしゃるので、それを間近で拝見してとても感動しました。ひまわりみたいな絵を描いていらっしゃったんですけど、香取さんが「なんだと思う?」とおっしゃったので、私は「ひまわりに見えます。何を描いているんですか?」と言ったら、「自分でもわからない」とおっしゃって(笑)さすがアーティストと思いました(笑)間近で香取さんの一面を拝見していい経験でした。お芝居に関してはあまり2人で相談することはなくて、“よーい、スタート”でお互い郁男と美波になっていました。でも距離感などの基本的な関係性は郁男と美波に近かったと思います。
―映画の中では実質親子の関係性ですが、どちらかというか友達に近い関係ですよね。
恒松 それに近いと思います。“お父さん”というよりも“郁男”という感じでした。やっぱり友だちという感じですね。そのシーンの心情に合わせてですけど、基本は2人とも楽しいシーンが多かったので、お兄ちゃん的な感じで一緒にモンハン(「モンスターハンター」)したりもしていました(笑)
―恒松さんが考える美波の魅力はどこだと思いますか?
恒松 “もろさ”ですかね。郁男もなんですけど、みんなちょっともろい部分があって。特に美波は15歳で、思春期だからこそのもろさがあって、そこが作品で描かれているのかなと思います。今にも崩れちゃいそうで、でも踏ん張っている。それが生きるということを表していると思います。
―今回クランクイン前に事前に準備したことはありますか?
恒松 クランクイン前に準備したことは、美波の生活を実践しようと思いました。私も美波と同じようにパーカーを着て、モンハンを自分用に家に買って、ずっとやっていました。友だちがいない設定だったので友だちとも会わず。石巻から川崎に引っ越したという設定ではあるんですけど、それは美波がかなり小さいころの話なので、今の美波を形成しているのは、いじめられた過去と、その中でお母さんが見つけてきた郁男という存在で、今の居場所を見つけたというところから本編はスタートするのでそこを考えていました。あとモンハンの腕を上達させようと思ってずっとやっていました(笑)
―シーン的にはそんなにはないですよね?(笑)
恒松 意外と、残念ながらなくて(笑)もっとあると思ってめちゃくちゃ練習したんですけど(笑)
―でも練習した結果が自然なモンハンの演技になったんですよね。
恒松 わからないですけど(笑)猫背な感じとか立ち振る舞いが自分で少しずつは影響しているんじゃないかなと思います。
―セリフもサラっと出てきていましたもんね。
恒松 監督があまりモンハンに詳しくなかったので、私が勉強した分の自然と出てきたセリフが採用されたりしたのでやっておいてよかったと思いました(笑)
―美波のキャラクターを作るうえで参考にしたものはありますか?
恒松 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』という海外の映画を前から見ていたんですけどそれが近いと思いました。距離感は似ていると思いました。でも美波は美波なので、あまり役柄としてではなくて作品の風潮と関係性を意識して見ていました。
―美波との共通点はありますか?
恒松 私はあまり反抗期はなかった気がするんですけど、『虹色デイズ』(2018)という作品の時に役に引っ張られすぎて反抗期が起こって(笑)その時の家での態度とかが似ていてそれを思い出しました(笑)当時に自分の心境とかも。
―強気な役でしたね。
恒松 強気な役でしたね(笑)かなり心がもやもやというか、あちこちに心がいっている役でした。でもあの時の役のもやもや感も美波にプラスしたり、影響しあっているところはあると思います。
―自分が出ているシーン以外での香取さんにびっくりしたとおっしゃっていましたが、完成した映画を見て思っていたのと違った部分はありますか?
恒松 白石監督の作品はエンタメ要素もあり、テンポもよくて見やすいというイメージがありました。本作は台本を読んだ時は重くて、でも最後には光がある印象でした。本作を見たときは全編を通して救いがあるところにはあって、でもないところにはとことんないんですけど、ちょこちょこあって、最後に少し救われるという印象だったので、私が思っていたよりも暗くなかったというか、すごくちょうどいい感じで人の心が描かれていると思ってそこが素敵だと思いました。やっぱりベテラン俳優陣の方々のお芝居がとにかくすごくて、リリーさんも現場で見ているときはあんなに自然だったのにこんなに計算されたお芝居だったんだと映像を見て気づくことがあったり、おじいちゃん役の吉澤健さんもすごく考えたお芝居をされる方でそれが映像に深みとして出ていて、こういうお芝居の仕方もあるんだと学びました。私よりも年上の方が多かったので、そういう方のお芝居を現場と映像で見て、両方見比べることで、この時こういうことをしていたけど映像ではこう写るんだと学べるところがあったと思います。
―リリーさんや吉澤さんとは現場でお話はされましたか?
恒松 リリーさんとは現場では1日か2日しかお会いすることがなくて、あまりお話できなかったんですけど、吉澤さんとは同じシーンが多く、しかも家族ということで、本当に孫のように接してくださいました。私がクランクアップに近いときに笑顔で手を振ってくださったのが印象的でした。孫に見せるような笑顔で私を見ていてくれたなという気持ちでした。本当におじいちゃんのように慕わせていただきました。
―いい関係性ですよね。
恒松 今回郁男も家族に含めると、郁男とおじいちゃんと、お母さん役の西田さんともすごく仲良くさせていただいて、だからその自然な家族間というか仲の良さが映像に出ているんだと思います。
―白石監督から受けた演出で印象に残っていることはありますか?
恒松 演出はあまり受けておらず、少し味付けしていただけるくらいでした。撮影中におもしろいと思ったのは、ハエが食べ物に止まっていて、そのようなカットはなかったので、私は“止まっているな”と思いました。そうしたら監督が、“ハエが止まる”というカットだけを撮るっていう。映画を少しでもスパイスをかけるだけために時間を割く監督だと思いました。
―白石監督のこれまでの作品は暴力描写を含めてえぐいシーンが多い印象です。
恒松 えぐいシーンは今回はあまりなかったんですけど、監督はそういうシーンほど楽しんで撮ってるんですよね。それが印象的でした。監督が一番笑顔でした。だからこそこっちも、重いシーンでも楽しんで乗っかっていける。私はあまりなかったんですけど暴力シーンも重い雰囲気で撮ってるわけじゃなくて、楽しんで撮ってるから少しポップに描かれていたり、見ている人の気持ちを引き付けることができるのかなと思いました。そこが白石組のおもしろさだと思いました。いつかまたご一緒できることがあったときに、白石監督が楽しんでいるシーンにお邪魔できたらいいなと思います。
―今回も白石組の常連の俳優さんがいらっしゃいましたし、今後呼ばれて出る可能性がありますよね。
恒松 がんばりたいです。気に入られているといいなと思います。
―監督、恒松さんについて「才能にまだ多くの人が気づいていない」と言っていらっしゃいました。
恒松 胸熱ポイントですね(笑)なかなか人って、“あなたのこと知ってますよ”って出さないけど、こうやって文にして書いてくださるのはうれしいなと思いますし、もっと期待にこたえられるように頑張りたいと思います。
―本作に出演して新たに得られたことはありますか?
恒松 出演するちょっと前に、お芝居の面で壁にぶち当たっていました。でも、その壁を突破できた時に本作に出演しました。だからとても楽しく演じることができて、それがある意味私の中での成長かなと思います。お母さんのシーンで悲しいシーンも、演じているときは悲しいんですけど、終わった後にこうやってできたなと客観的に見ることができる自分がいたりとか、昔は感情を考えすぎて引っ張られることがあったんですけど、今回は第三者というか、もう一人の自分が外から見ているようで、それと内面を作っている自分と二つの自分を持ったままお芝居ができたのは成長した部分かなと思います。
ワンピース¥45,000(マイリ/マイリ☎︎06-6684-9166)
※表記は税抜
メイク:横山雷志郎
スタイリスト:杉浦優
本作は、『孤狼の血』や『彼女がその名を知らない鳥たち』など多数の話題作を世に送り出し、現在、日本映画界の期待を最も集める監督・白石和彌が、待望していた香取慎吾と初タッグを組むオリジナル脚本作品。香取慎吾が演じるのは、パートナーの女性とその娘・美波と共に彼女の故郷、石巻市で再出発しようとする男・郁男。平穏に見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう―。人生につまずき落ちぶれた男の再生の物語、誰も見たことない香取慎吾がここにある。香取演じる郁男のパートナーの女性の娘・美波役を恒松祐里が演じる。
1998年生まれ、東京都出身。子役としてデビュー。主なテレビドラマの出演作は、NHK連続テレビ小説「まれ」(15/NHK)、NHK大河ドラマ「真田丸」(16/NHK)などがある。主な映画出演作は、『くちびるに歌を』(15/三木孝浩監督)、『ハルチカ』(17/市井昌秀監督)、『サクラダリセット前篇・後篇』(17/深川栄洋監督)、『散歩する侵略者』(17/黒沢清監督)、『3D彼女 リアルガール』(18/英勉監督)、『虹色デイズ』(18/飯塚健監督)などがある。公開待機作に、『アイネクライネナハトムジーク』(19/今泉力哉監督)、『殺さない彼と死なない彼女』(19/小林啓一監督)などがある。
映画『凪待ち』は2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開!
監督:白石和彌
出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー
配給:キノフィルムズ
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