『リング・ワンダリング』で川内ミドリ/梢の二役を演じた阿部純子にインタビューを行った。
阿部 脚本を読んだだけではつかめない部分もありました。それから金子(雅和)監督のほかの作品を拝見し、ちょっとずつ理解できた気がします。金子監督は目に見えないものとか、この世あらざるものをひとつの登場人物にして世界を作り上げていく。小説などの表現方法では見たことがあったテイストを感じて、それが映像化されたらどうなるのだろうと興味を持ちました。
阿部 私が演じる二役、梢とミドリは同一人物ではないので、その世界観を大事に作れるようにしたいと思いました。(笠松将演じる)草介とは時間軸のギャップもあるので、梢は梢、ミドリはミドリで役作りをしたいと思いました。ミドリは戦時中に生きる、お父さんのことを好きで、お母さんにも愛されている素直な娘。梢はニホンオオカミの生きる時代に生きる女性。どちらの役柄に関しても、ただそこに世界があるだけで、むしろその時代に迷い込んだ草介にギャップがあるような感覚で演じていました。
阿部 あのシーンでは不思議と空気感が出来上がっていました。みなさんのおかげだと思います。
阿部 草介を不自然なく別の世界に迷い込ませているような気持ちで演じました。草介が本当の時間軸を歩いている人だとしたら、明らかに私たちがこの世のものではない、存在しないもの。そのギャップを楽しんで演じました(笑)今までそういった方を演じたことがなかったのでおもしろいなと思いました。お化け屋敷で驚かせている方のようなイメージですかね。
阿部 金子監督は言葉にはしないけど、なんとなくこうかなと提案したことを受け入れてくださっていました。違ったら違うと言っていただけますし。ただ草介とは必要以上に近づきすぎない距離感でいてほしいという指示はありました。
阿部 ありました。ただ金子監督は明確にイメージを持っていて、そこになるべくアジャストしていきたいなと思っていました。
阿部 たぶんそれが金子監督ワールドだと思います。そこに映りこんでいるだけでいいというか、自然と映っているならばそこにいるだけでいいという部分もあり。絵画を描くように金子監督が映像を作っている印象でした。
阿部 ロケ現場も金子監督が何年間かかけて見つけたということで、その現場に行ってみて作品の世界観を感じることができました。それと同時にこの作品一本にかける思いを感じたので、私は信頼して身をゆだねて演じました。
阿部 予告編で使われている「忘れないで私の姿」と言っているところは、最初はもっと明るく言っていたんですけど、演出でもう少し声のトーンを違った風にしてほしいと言われたのが印象に残っています。できあがったものを見るとヒヤッとするような、ちょっと怖い仕上がりになっていて、そういった音の捉え方がおもしろいと思いました。自分が欲しいものはこういう音だというものを考えて“仕掛け”を作っていらっしゃったのかもしれません。
阿部 ミドリは、家族思いなところが魅力的だと思いました。たとえ戦時中でも家族との時間が大事で、親元を離れて疎開する弟のことを心から心配している。今の時代よりも限られた生活環境であっても大切しているものが確かにある。そういった感覚を彼女が持ってくれていたらいいなと思いました。安田さんも片岡さんも素敵な方だったので、戦時下を感じさせない空間が生まれたらいいなと思いました。
阿部 私も家族の時間が大切なので、そんなに意識しすぎずにいられたかもしれないです。
阿部 今回の金子監督の作品では、あまり不安は感じなかったです。ただいればいいと言うか、必要以上に肩に力を入れなくていい安心感がありました。
阿部 衣装が素敵だと思いました。特に梢のときは、ニホンオオカミがいた時代が舞台で、博物館に置いてあるような衣装で、ほかのみなさんが着ている衣装も印象的でした。大自然の中での撮影というのも印象に残っています。
阿部 2月で雪がまだ残っている中で撮影しました。予定では雪はなかったかもしれないです。岩場にロープをつないで撮影していたりしていました。
阿部 笠松さんは絵を描いてくださったのが印象的でした。私の似顔絵を描いてくださってうれしかったです。最初にお会いしたときは絵を描いてくださって。忙しかったり、夜のシーンが多かったり、あと私を担いだりもして体力的にも大変だったと思うんですけど、疲れを全く見せずに頼もしい方だと思いました。安田さんは、この作品のすぐ後に別の作品で共演させていただいたんですけど、役によって雰囲気が全然違う方なので。学ぶことばかりです。この映画でもシーンは出ると安心するという感じがあり、語り過ぎない感じが印象的でした。
阿部 コロナ禍になって海外とのつながりが弱まってしまい、行くのも来ていただくのも難しくなった中で、映画を通してお互いの文化や昔からある風景を尊重しあえる、そのツールとして映画があるというところで、今回の映画を評価していただけたのは嬉しいですし、お互いの世界を知るためにも映画はいい表現方法の一つだと改めて思いました。
阿部 昨年「ショートショート フィルムフェスティバル」の審査員をさせていただいて、その時にも感じたんですけど、映画はそこにいる人がどう感じているか、どういう時間の流れで生きているかは、住んでいる人によって違う。でもその生き方が素敵だなとか、感じたことがあるなとかどこかで共感しあえるところがあって。そういったことを知れる機会になるんだと思い、より魅力を感じました。
阿部 たくさんあります。同じチームで一つのものを作ろうという目標の中では特に感じることが多いです。お互いがいいものを作ろうと思っているので互いを尊重しています。ただ、その方法が違う。だからこそ、擦り合わせや互いを受け入れるゆとりが大事だと思います。「どうすればチームにとって心地いいだろうか」と考えて、自分なりに試してみる。さまざまな違い、例えば言語や文化の違いを超えて尊重できる表現空間を味わうことができるのは国際的な作品に出演させていただくことの醍醐味だと思います。
阿部 やはり海外の作品に出たいです。もちろん大変だということにはわかってはいるのですが…。コロナも少しずつ落ち着いたら、自分としては海外に仕事で行きたいと思っています。
阿部 この映画の良さは金子監督の世界観だと思っています。絵画を描くように映像が切り取られていて、自然がひとつの登場人物になっていて、私は見ていてワクワクしました。そういった感覚を味わっていただきたいです。
【写真・文/編集部】
物語の舞台は東京の下町。草介がミドリを図らずも怪我させたことから、彼女の家族が営む写真館まで送り届けることになり、その家族との出会いを通じて、東京という土地に眠る過去の記憶を知ることとなる。人間の「生」や「死」に実感を持てない若者が、運命的な出会いを通して、命の重みを知る幻想的で切ない物語。主人公で漫画家を目指す草介を笠松将、草介が出会う不思議な娘・ミドリと草介が描く漫画のヒロイン・梢の二役を阿部純子が演じる。監督は、前作『アルビノの木』で北京国際映画祭など世界各国の映画祭でノミネート上映されグランプリ含む20の賞を受賞した金子雅和。
『リング・ワンダリング』は2022年2月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開!
監督:金子雅和
出演:笠松将、阿部純子、片岡礼子、品川徹、田中要次、安田顕/長谷川初範
配給:ムービー・アクト・プロジェクト
©2021 リング・ワンダリング製作委員会