映画『美晴に傘を』で光雄(和田聰宏)と透子(田中美里)の長女・美晴役を演じた日髙麻鈴にインタビューを行った。
北海道の小さな町の自然を背景に、息子を失った父親と、夫を亡くした妻、そして自閉症の娘が織りなす、失われた家族の再生の物語『美晴に傘を』。劇団牧羊犬を主宰し、短編映画では国内外の数々の賞を受賞してきた渋谷悠の初長編作品である本作は、家族の再生というテーマを新鮮な物語へと昇華させ、魅力的な登場人物たちが観る者を心地よく包み込む。主演には、息子を亡くし後悔の波に溺れる漁師・善次に升毅、言葉少なに圧倒的な存在感を見せつける。障がいを抱える娘を懸命に守ろうとする母・透子の心の機微を田中美里が繊細に演じる。聴覚過敏によって聴こえてくる様々な音を擬音語に変えられる才能を持つ美晴役には『麻希のいる世界』主演の日髙麻鈴が挑んだ。その他、和田聰宏、宮本凜音、上原剛史、井上薫、阿南健治らが脇を固める。
日髙 小学生のころに親族の中に自閉症を抱えている方がいて、その方と生活していた思い出があったので、美晴役のオーディションのお話をいただいたときは思いも強く、全身全霊で100%の力で自分ができることを全部詰め込もうとオーディションに臨みました。
日髙 オーディションが終わった後は自信がなくて、受かるだろうという自信は全くなかったです。できることはやりましたが、オーディションがあったその日の夜に連絡があって「決まった」とお話をいただき、「まさか」と驚きました。撮影に臨むまでは美晴という役を大切に自分の中で作っていきました。
日髙 渋谷監督からの指導ももちろんあったのですが、役の動きだったり、美晴の視線の置き方などの身体的にできるものは自分で作っていきました。美晴は世界の音を擬音に変える能力を持っているのですが、「発する言葉を大切にしてほしい」という監督の思いがあったので、そこは大切にしようと念頭に置きながら役を作っていきました。
日髙 自閉症、聴覚過敏と言ってもそれぞれに個性があって、一貫してこういう動きをするというのはなくて、それもグラデーションなんだなと思って。美晴という役を作り上げていく上では、絵本の中の登場人物みたいなかわいらしい一面もあったり、コミカルでポップな部分みたいなものが美晴の存在の中にあったら素敵だろうなと思ったので、それを意識しながら作っていきました。
日髙 美晴は純粋無垢だなと思います。心が若くて、私の中では幼いころの自分に似通っている部分があるなと思っていて、好き嫌いもはっきりしているし。でもそういう純粋な部分が魅力的だと思います。それが表情だったり、動きだったりに表現できたらいいなと思いましたし、それが美晴の魅力だと思います。
日髙 昔の自分もそうだし、今の自分にも共通する部分があるなと思っています。美晴は何かつらいことがあると殻に閉じこもってしまう部分があるのですが、私も何かつらいことがあると、自分の世界の中に逃げ込みたくなるんです。美晴は家族に見守られながら生きてきて、でも外の世界にも興味があるし、踏み出したいけれどできない。私も自分で殻を作ってしまい、行きたいはずなのに怖くて行けない。一歩を踏み出すのにものすごく時間をかけてしまうタイプなので、美晴の考え方が自分のパーソナリティに密接にくっついていると感じています。
日髙 似通っている部分があるので感情や考え方を理解をするのは早かったのですが、美晴には美晴の生きている世界があって、美晴が生きてきた中で抱えてきた苦しみは私は肌で感じたことがなかったので、ものすごく考えながら、その苦しみを私も分かってあげられるようにたくさん考えて、美晴の心に寄り添えるように努力をしました。
日髙 完全に自分の部屋に引きこもってしまいます。自分の部屋の中に閉じこもって、本を読んだり、音楽を聴いたり、日記みたいに物語を書いたり、詩を書いたり。詩だけではなくて、音楽も作ったりすることで、自分の心の苦しみを浄化させるみたいな習慣があって、そういう引きこもり方をしています。一回その世界に入ってしまうと、外の世界に出て誰かとコミュニケーションを取るのが難しくなる部分は自分の中にあるなと思います。
日髙 あまりしていなくて。時々、SNSで自分の撮った写真とか詩を本当に少しだけ出したことはあるのですが、自分のパーソナルな部分を外に出すことに少し抵抗があって。でも心の奥底では発信したいという気持ちも実はあります。美晴という役を演じてから、一歩踏み出す勇気を美晴から教わったので、これから少しずつ何か自分の作ったものを発信していけたらいいなという気持ちになってきています。
日髙 ありのままの自分を受け入れることの大切さは美晴の役を演じて教わったし、影響を受けたと思っています。ありのままの、いい部分も悪い部分も受け入れるのはすごく難しいことだと思います。特に20歳を超えてからそう思うことが多くなったのですが、大人になる努力をしながらも、いつまでも子供のころの感受性豊かな自分は忘れないでいたいなと思えるようになりました。美晴という役を演じてから、ずっと美晴が心の片隅にいて、これからも置いて生きていきたいと思えるようになりました。
日髙 20歳を超えてからちょっとずつ変わっていっているなという自覚はありますが、根本は変わらない部分もあって。でも、だんだん殻を破れてきている気はしています。今までの自分ではない新しい自分にステップアップするために、今までは受け身の姿勢でいることが多かったのですが、アクティブに野心を持って動いていけるようになりたいなと少しずつ思い始めたので、今までの自分を大切にしながら、やりたいことをちゃんと行動に移していくことを大事にしていきたいと思っています。お芝居だけに限らず音楽だったり、いろんな方面から自分の表現を模索していけるようになりたいと思っています。
日髙 具体的に自分が今やっていることとして、実は今音楽を自分で作っています。一人で勉強しながら作っているのですが、それをいつか何らかの形で発信できたらと思っています。独学なんですが、もともと小さいころから音楽がすごく大好きで、歌うことが楽しくて、それが根本にあったうえで今の自分の役者というものがあると思っています。だから音楽の表現を今はじっくりと模索して、自分のやりたい音楽を発信できたらと思っています。
日髙 はい、ちょっとずつ(笑)学生時代に作っていた曲も何曲かあるのですが、それもいつか出せたらいいなと思っています。音楽の世界は型にはまったものではないので、いろんな方面からアプローチできるし、作ることができるので、いろんな方法でチャレンジしながら、楽しみながら作っています。それも役者のお仕事に影響しているんじゃないかと思っています。どの役を演じるにしても、同じ場所から入って作り上げていったキャラクターは一人もいなくて、みんな違うアプローチの仕方で、今までもお仕事をしてきました。
日髙 初めて映画に出演させていただいた『さよならくちびる』が北海道の函館で撮影だったので、北海道に行くのは2回目でしたが、今回は余市という全然違う街でした。函館は建物もちょっとレトロで、栄えているエリアだと思うのですが、余市は表情がガラッと変わって、自然の音が豊かな場所で、とても心地よかったですし、食べ物も本当においしかったです。撮影期間中もお休みの日はお散歩に出かけたり、お隣の小樽に足を運んでみたり、海を見に行ったり、散歩したりして過ごしていました。映画のロケーションがほぼ余市の街がベースになっているのですが、画面の中から余市の街の魅力が伝わってくると思うので、みなさんにもこの映画を観てぜひ余市に行っていただきたいと思っています。
日髙 船に乗るシーンを撮影したときに海の波がかなり激しくて、揺れながら撮影をしていたのですが、船にあまり乗ったことがなかったので、(宮本凜音が演じる)妹役の凛ちゃんは船酔いしながらがんばって口の中に飴をほうばりながら演じていました。それを私が「大丈夫だよ」とさすって一緒に撮影していました。ネタバレに繋がってしまうのであまり語れないのですがとても重要なシーンで、ご覧いただいたらどういうシーンかわかると思いますが、その撮影がものすごく楽しかったと同時に印象深かったです。完成した作品を観た時にそのシーンが本当に素晴らしかったので、ぜひご覧いただきたいです。
【写真・文/編集部】
『美晴に傘を』は公開中
脚本・監督:渋谷悠
出演:升毅、田中美里、日髙麻鈴
和田聰宏、宮本凜音、上原剛史、井上薫、阿南健治
配給:ギグリーボックス
©2025 牧羊犬/キアロスクーロ撮影事務所/アイスクライム