本作は、マイアミを舞台に、自分の居場所とアイデンティティを探すある少年の成長を[少年期][ティーンエージャー期][大人になるまで]と3つの時代構成で描く。ドラッグ、いじめ、虐待、父親の不在など、たくさんの傷を負いながらも、強く生きる主人公の姿が魅力的な作品。エグゼクティブプロデューサーをブラッド・ピットが務め、麻薬常習者の母親を『007』シリーズのナオミ・ハリス、主人公の少年の面倒を見る麻薬ディーラーを人気ドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のマハーシャラ・アリが演じる。
LGBTQのラブストーリーが作品賞を受賞したのはアカデミー賞史上初で、さらに黒人だけのキャスト・監督・脚本家による作品が作品賞に輝いたのも史上初。2つの史上初を達成し「革命」と評されながら、映画史に残る純粋な愛の物語である本作からは、ウォン・カーウァイ監督『ブエノスアイレス』など過去の名作映画へのオマージュが発見できる。
ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』(1997)は、男同士の切ない愛を描いた恋愛ドラマ。惹かれ合いながらも、傷つける事しかできない男と男の刹那的な愛を綴ってゆく。本作『ムーンライト』では、20年前のあの愛の名作が生きている。30代になったシャロンがケヴィンに再会するために車で旅立つ時に流れる音楽は、カエターノ・ヴェローゾが歌う「ククルクク・パロマ」。1997年カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『ブエノスアイレス』のオープニングで印象的に使用された曲である。歌の内容は、亡くなった恋人を想い嘆き悲しみ、死んで一羽の鳩に生まれ変わってなお恋人の帰りを待つ男の寓話を歌ったもの。
映画好きになった時に「ジャン=リュック・ゴダールやウォン・カーウァイの映画を観ていた」というバリー・ジェンキンス監督は、インタビューで「この選曲はあえて意図したものだ。同じ曲が『ブエノスアイレス』でかかっていて、これは直接的なオマージュなんだ。ブラックの車がハイウェイを走るシーンの撮影の仕方まで、『ブエノスアイレス』と同じにしているんだ」と語っている。「『ブエノスアイレス』を初めて観た時のことは鮮明に覚えている。僕にとって、初めて観る同性愛を描いた映画だった。『ブエノスアイレス』は僕にたくさんのことを与えてくれた」と振り返っている。このシーン以外にも、シャロンとケヴィンが対面するシーン、シャロンの夢に現れるケヴィンのシーンなど、『ブエノスアイレス』と同じ構図で撮られているという指摘も多くあり、『ムーンライト』が愛の名作に強いリスペクトをしていることが分かる。
「具体的にオマージュを捧げているのは『ブエノスアイレス』だけだ」と語るバリー・ジェンキンス監督だが「他の映画の存在を感じられるはずだ」とも語っている。『ムーンライト』の制作準備期間に参考にした外国映画として『ブエノスアイレス』のほかに、ホウ・シャオシェン監督『百年恋歌』(2005)、チャールズ・ブルネット『Killer of Sheep』(1977/日本未)、クレール・ドゥニ『美しき仕事』(1999)を挙げている。
映画『ムーンライト』は全国で公開中!
監督・脚本:バリー・ジェンキンス
出演:トレバンテ・ローズ、アッシュトン・サンダース、アレックス・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、アンドレ・ホーランド
配給:ファントム・フィルム
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