“第三帝国”にかかわった市井の人々の証言を記録したドキュメンタリー『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』の日本語字幕でナチス用語監修を担当した小野寺拓也准教授が、本作をより深く理解するための手引きとなるコラムを執筆した。

ヒトラー率いるナチス支配下のドイツ“第三帝国”が犯した、人類史上最悪の戦争犯罪“ユダヤ人大量虐殺【ホロコースト】”を実際に目撃した人々。武装親衛隊のエリート士官から、強制収容所の警備兵、ドイツ国防軍兵士、軍事施設職員、近隣に住む民間人まで、終戦から77年を迎える今、「現代史の証言者世代」と呼ばれる高齢になったドイツ人やオーストリア人など加害者側の証言と当時の貴重なアーカイブ映像を記録したドキュメンタリーである本作。

今回、ドイツ現代史研究者で、本作の日本語字幕でナチス用語監修を担当した東京外国語大学大学院 総合国際学研究院の小野寺拓也准教授が本作をより深く理解するための手引きとなるコラムを執筆。本ニュースではコラムを抜粋して紹介する。

人びとが広い視点でものを考えるのを止めたとき、他者や社会への関心を失ったときに何が起こったのかを、この映画は見事にえぐり出している

本作では、アウシュヴィッツの生存者プリーモ・レーヴィの言葉が引用される。「怪物は存在する。しかし少数ゆえに真の危険とはならない。むしろ危険なのは普通の人間だ。何も疑うことなく信じ込む」。この警句は、ホロコーストやナチ体制を理解するうえできわめて重要である。殺害に喜びを覚えるような人間はごく一握りに過ぎない。だが、殺害への加担を拒んだり殺害現場から離脱したりするような人びとも2割程度に過ぎなかった。

8割弱の人びとは命じられたとおり、最後まで殺害に加担し続けたと歴史学者クリストファー・ブラウニングは指摘している。ユダヤ人以外にも多種多様な人々が迫害を受けていたにもかかわらず、多くのドイツ人はそのことをそれほど重大なこととは考えず、戦況が絶望的になってもなおヒトラーを支持し続けた。なぜ多くの人びとは加担しつづけたのだろうか?たしかにナチ体制は独裁体制ではあったが、さまざまな組織に参加することで、多くのことを体験したり「自分が必要とされている」という感覚を味わったりすることができる体制でもあった。

本作でも、ヒトラー・ユーゲントやドイツ女子青年団に参加してハイキングや行進をしたり、歌を一緒に歌ったり、ボクシングや陸上競技などスポーツを満喫したという証言が数多く出てくる。「いろんなことをやった、楽しかったよ」という元親衛隊員の回想はそうした文脈で理解することが必要だろう。さらに制服を着用することで、子どもたちでも「民族共同体」の栄えあるメンバーであることを実感できた。エリート部隊や組織に入ることができれば、ますます自尊心がくすぐられた。日常的実践と政治は深く繋がっていたのだ。

映画の終盤、監督は重要な疑問を投げかける。「命令を断って銃殺になった例は?」 それに対して、元武装親衛隊員は「それはない。記録もない」と答える。この証言は正しい。今までのところ、ドイツ人の加害者が民間人を殺害することを拒否したために処刑された例も、強制収容所に送られた例も、刑務所に送られた例も、ただの一つも見つかっていない。もちろん、命令を断ることで昇進が不可能になったり、「弱い男」として同僚から見くびられたりといった不利益はあった。だがブラウニングが示しているように、処刑への参加を避けることは決して不可能ではなかった。

「罪」とは何か、「責任」とは何か。当時の人びとには何が出来て、何が出来なかったのか。自分が当時生きていたら果たして何が出来たのか。いずれも明確な答えはない。しかし、人びとが広い視点でものを考えるのを止めたとき、他者や社会への関心を失ったときに何が起こったのかを、この映画は見事にえぐり出している。

小野寺准教授のコラム全文は こちらで読むことができる。

ストーリー

イギリスのドキュメンタリー監督ルーク・ホランドは、アドルフ・ヒトラーの第三帝国に参加したドイツ人高齢者たちにインタビューを実施した。ホロコーストを直接目撃した、生存する最後の世代である彼らは、ナチス政権下に幼少期を過ごし、そのイデオロギーを神話とするナチスの精神を植え付けられて育った。戦後長い間沈黙を守ってきた彼らが語ったのは、ナチスへの加担や、受容してしまったことを悔いる言葉だけでなく、「手は下していない」という自己弁護や、「虐殺を知らなかった」という言い逃れ、果てはヒトラーを支持するという赤裸々な本音まで、驚くべき証言の数々だった。監督は証言者たちに問いかける。戦争における“責任”とは、“罪”とは何なのかを。

『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』は全国で公開中!
監督・撮影:ルーク・ホランド
配給:パルコ ユニバーサル映画
©2021 Focus Features LLC.