『湖の女たち』の公開記念舞台挨拶が5月18日(土)にTOHOシネマズ日比谷で行われ、福士蒼汰、松本まりか、三田佳子、浅野忠信、大森立嗣監督が登壇した。

全編にわたって観る者の理性と感性を激しく揺さぶり、比類なき衝撃的な映画体験をもたらすヒューマン・ミステリーである本作。介護施設での殺害事件を発端に、想像もつかない方向へとうねり出す物語は、重層的な構造と壮大なスケール感で観る者を圧倒する。事件が混迷を極めるなかで、身も心も剥き出しでさらけ出す難役に挑んだのは、刑事・濱中圭介役を演じた福士蒼汰と、事件が起きた施設の介護士・豊田佳代役を演じた松本まりか。圭介と佳代は、支配する者と支配される者の危うい関係を深めていき、密会を重ねてゆく。一心不乱に互いを求めて貪り合うその姿は、闇夜の湖畔で艶めかしい“生”の輝きを放つ。登場人物の弱さと切なさ、愚かさと愛おしさ、汚れとイノセンスの両面をまっすぐに見据えたその描写は、あらゆる観客に人間という存在の本質を問いかけるかのよう。

上映後に行われた今回の舞台挨拶に、「どう思ってるんだろうと、不安のほうが大きい」という福士は「ドキドキもあるんですが、一人一人にお話を聞きたい」とコメント。一方で「この作品をやっているときはきつかったです。出口が見えないし答えが分からないし」と振り返る松本は「(大森監督が)ひたすら信頼し続けてくれました。その信頼が非常にきつかったですし、同時にここまで覚悟を持って役者を信頼する、人を信頼する、クルーを信頼するというのがどういうことなのかを体感しました」と心境を語った。

その撮影から1年半が経ち、「ようやくこの作品に関われた意味を日々実感していて。本当に美しいものを美しいと思えるようになった。信頼するって美しいとか。生きる上で大事なものをこの映画から教えてもらいました」と話す松本は「暗くて混とんとしていて。その世界の中で見えてくるものが本当の意味で美しいものが、この映画には見えてくるような気がしていて」と本作への思老いを語り、「この映画を通して生きることが楽しくなりました。ようやく生きてるっていう実感が持てるようになりました」と語った。

本作への出演の決め手について「福士くんを痛めつけられるというのが…」と冗談を交えて笑いを誘う浅野に「そこですか!?(笑)」と笑う福士。浅野は「福士くんとこういう役をできるのは楽しみだと思った」「彼の絶望というか、その裏返しは演じていてやりがいがありました」と語った。その浅野との共演について、福士は「シビれました。お芝居の憧れの存在が目の前にいるのでプレッシャーはあるのですが、毎日少しずつ吸収していこうと浅野さんをずっと見ていて。そうしたら圭介があんな感じになって(笑)」と明かし、影響された部分があったという。

また、イベントでは原作者・吉田修一からの手紙を披露。「ありがたいお言葉をいただけばいただくほど、もっとやれるな、やりたかったなという思いが溢れてきて。自分の未熟さをより実感しちゃうんです。でもすごく褒めていただいたことはうれしいですし、素直に受け入れたいとも思うんですけど。この作品をやれて、役者として大きく変わりましたし、人として物ごとのとらえ方、言葉の扱い方が少しずつ変わってきた感覚があって、役者やるって素敵だなと思える瞬間の一つで。浅野さん、三田さんを見ていても役者を続けていくとこういうふうにきれいな景色を見られるんだということを体現されている方を目の前にすると続けていきたいと思います」と話す福士。

松本は、少し時間を置き、「私はこの作品を受けたこと自体、非常に罪深いことをしたと思いました。自分にはやりきれない、この役を体現するには自分が未熟過ぎましたし。人間性も芝居も全部。だけど、どうしてもやりたかった。それはただ自分にとって必要な映画だったから」と話し、「撮り終わってからも罪深いことをしたなと思っていて。原作の吉田さんから、こういったお言葉をいただいたときにさらにその罪深さが増したと思いました。でも吉田さんがそう思ってくださったことは私にとって救いでした。自分が何かを表現する立場にいる、影響力を持つ仕事をしているという自覚、安易に言葉にしないということを大事に生きていかないといけないと思いました」と言葉を振り絞り、「自分から出てくる表現が嘘なく本当に美しいと思えるものであり続けたいと今お手紙を聞いて改めて身を正しました」と語った。

最後に松本は「この映画で人間がそもそも持っている美しさを教えてもらいました。今、39年の人生で初めて充実して生き生きと生きることができています。この映画に出会えなければたどり着けていないと言えます。みなさんの心に届いたらいいなと思います」、福士は「個人的にこの作品を通して大森監督に演出してもらって、自分の脳みそがガラッと変わって。考え方、役者としての居方、心の使い方を教わって、浅野さんが目の前で体現されていて」と話し、「何よりずっと隣で松本さんが佳代としていてくれたことが大きくて」「彼女が不器用なんだけど熱いものを持っている人なんです。話し出したら思いが止まらないからずっと話してくれる。それがこの人が持ってるエネルギー、ピュアさ。佳代という存在とリンクする瞬間があったり、人間的で美しいと思う瞬間を感じました。松本さん、ありがとうございました」とメッセージを送った。

【写真・文/編集部】

吉田修一(原作者)手紙全文

映画「湖の女たち」公開に寄せて

映画「湖の女たち」の公開、誠におめでとうございます。
改めまして、このような素晴らしい作品にして頂けたこと、心から感謝申し上げます。
 試写でこの映画を見終えて、私は言葉を失いました。慌てて何か言葉を探そうとしたのですが、今自分の心のうちに湧き上がっているものに、ただの一語も言葉を与えてやることができませんでした。
 それほど映画「湖の女たち」は、観る者から安易な言葉を奪ってしまう作品なのだと思います。

 この小説はとても持ちにくい形をしています。映像化に際して持ちやすいように形を変えることは簡単ですが、大森監督は持ちにくい形のまま、それでも持ち上げようとしてくれました。監督のその大いなる覚悟にも改めて感謝申し上げます。
 この作品で描かれるのは、官能と自然と歴史、そして正義についてです。
 偶然にも、本日壇上にはそれぞれを体現されているキャストの皆さんがいらっしゃるとお聞きしました。
 福士蒼汰さんが持つ野性的な官能。松本まりかさんが体現された大自然のリズム。そして伝説的な女優である三田佳子さんからはこの国の歴史を、浅野忠信さん演じる刑事は正義の揺らぎを、生々しく我々に伝えてきます。
 映画の終盤、浅野さん演じる刑事が「世界の美しさ」について福士さん演じる圭介に問うシーンがありますが、贔屓目ではなく、日本映画史に残るような名シーンではないかと思います。

 この「湖の女たち」が一人でも多くの方に届くことを願ってやみません。一人でも多くの方がこの映画に触れ、福士蒼汰さん松本まりかさん、お二人の鬼気迫る姿に、そして湖の夜明けの美しさに、私と同じように言葉を失ったならば、この作品が伝えようとしたものは、きっと届いたのだろうと思います。

 最後になりますが、主演を務められた福士さん、そして松本さん。圭介と佳代という人間を生み出した原作者として思うのは、今回のお二人の挑戦が生半可なものではなかっただろうということです。しかし、その挑戦の先でお二人が見せてくれた風景は、小説を遥かに超えたものでした。
 風景には、決して触れられない。ずっとそう思っていましたが、それでも必死に手を伸ばせば、いつか叶うのではないか。
お二人の演技は私にそんな思いを抱かせるほどに、人間の品性と生きることの可能性を見せてくれました。
圭介と佳代を、誇り高く演じて下さって、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

令和6年5月
吉田修一

『湖の女たち』は全国で公開中
監督・脚本:大森立嗣
出演:福士蒼汰、松本まりか
 福地桃子、近藤芳正、平田満、根岸季衣、菅原大吉
 土屋希乃、北香那、大後寿々花、川面千晶、呉城久美、穂志もえか、奥野瑛太
 吉岡睦雄、信太昌之、鈴木晋介、長尾卓磨、伊藤佳範、岡本智礼、泉拓磨、荒巻全紀
 財前直見/三田佳子
 浅野忠信
配給:東京テアトル、ヨアケ
©2024 映画「湖の女たち」製作委員会