第37回東京国際映画祭Nippon Cinema Now<監督特集:入江悠>『あんのこと』のQ&Aが10月31日(木)に丸の内ピカデリーで行われ、入江悠監督が登壇した。
10月28日(月)~11月6日(水)に日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催される第37回東京国際映画祭。Nippon Cinema Now<監督特集:入江悠>では2024年公開の『あんのこと』を上映。2020年の日本で現実に起きた事件をモチーフに、入江悠監督が映像化。主人公・杏を世界の注目も熱い河合優実、杏を救おうとする型破りな刑事・多々羅を佐藤二朗、更生施設を取材するジャーナリスト・桐野を稲垣吾郎が演じる。社会のなかで「見えない存在」にされてしまった人々を、鎮魂と後悔の思いを込めてまっすぐに見つめる渾身の作品。杏はたしかに、あなたの隣にいた―。
第37回東京国際映画祭では、入江悠監督特集として、『SR サイタマノラッパー』(2009)、『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(2010)、『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(2012)、『太陽』(2016)、『あんのこと』(2024)の5作品が上映される。今回上映された『あんのこと』については、「元になった方を取り上げた新聞記事をプロデューサーから読ませていただいて。コロナ禍でいろんなことを考えているときだったので、衝撃を受けて脚本に取りかかった」と振り返った入江監督。
主人公・杏を演じる河合優実については「その途中でモデルとなった女性の役を河合優実さんでやろうと決まって、ほぼあて書きで脚本を書いた」と明かした。河合については「俳優としてデビューするかしないかくらいにワークショップで出会って、この人は素晴らしい俳優になるという予感があった」といい、「年齢的にもモデルとなった方と一緒ですし、まだフラット。一回透明なままでモデルとなった人にアプローチしてくれるんじゃないか」とオファーしたという。その河合とは取材も行ったそうで「記事を書かれた新聞記者さんに話を聞いたり、薬物依存の更正グループの人に話を聞いたり、2人で話を聞いて役作りに活かしてもらいました」と明かした。実際に撮影を進める上では「お願いしてよかった」と実感したという。
観客からは、本作のラストシーンについての質問が寄せられ「新聞記事が彼女の最後を書いた記事だった」と話す入江監督は「自分もコロナ禍の閉塞感とか行き詰まりを感じていて。記事を読んで、もっと彼女のことを知りたいと思って脚本を書いたので、フィクションとして映画を作るんですけど結末を変えようとは思わなかった」と明かした。また、「新聞記事を読んだ時に、何か行動できなかったのかとか、東京でもしかしてすれ違った女性を見捨ててしまったのではないかという気落ちで作っていた。そこを変えてしまうと気持ちに嘘をつくことになる」と思いを語った。実話を元して作ることについては「基本的に何かを足すことはやめたい」と話す入江監督は「分かりえる範囲のことをなるべく調べられる範囲で調べていって。何かこっちから持ち込むことはしないようにしようと思った」と語った。
本作については「もうちょっと時間が経たないと、自分の中で『あんのこと』が客観視できる気がしない」と話す入江監督は「作り終わった後に、この主人公と僕は死ぬまで一緒に生きていくんだなと思ったのは初めて」といい、「『SR サイタマノラッパー』の主人公も僕の投影だったりするんですけど、どこかで人生が分かれていく感じがあった」といい、一方で本作については「この映画を作ったからには責任をもって彼女と生きていかなければいけない。そういう作品は初めてだった。もしかしたら今後そういう人とたくさん出会っていくような映画作りをしろと言われている感じがします」と本作にかける思いを語った。
「カメラマンの浦田(秀穂)さんが、『脚本にないんですけど優実ちゃんのこういう表情を見てみたいから撮りませんか?』と言ってくれて。明け方を歩いているところも脚本になかったんです。『彼女が何を考えているか分からないけど、歩いているシーンを撮ってみませんか?』と撮ったら素晴らしくて編集で残ったり」といい、さらに「編集で使われなくても構わない。ただ杏という子のいろんな表情を切り取ってつかみたいんです。それができたから、映画を作りながら僕らは杏ちゃんのことを考えていたんだなと思って、タイトルが『あんのこと』に決定したんです。僕らがやっていたことは、杏という女の子のことを考えていたんだな」と語った。
本作での演出については、これまでとは異なっていたという入江監督は「僕が考えていることは、この作品には到底及ばないと思ったので、なるべく環境だけを作って、河合優実さんや撮影の浦田さんに、その瞬間に感じてもらったことを切り取ってもらって、なるべく自分から言わないようにしようと。今まではこう動いてください、こういう意図なんですと監督然として言っていたんですけど、それが邪魔になるんじゃないかと」と本作で感じたそうで「アパートに入った時に窓を開けて風を受けるんですけど、あの時の表情はその場で彼女が感じたものです。監督が言ってもああいう表情にはならないし、あの時に『こういう表情をしたかもしれない』と気づかせてもらって。演出をしていなかったといってもいいかもしれない(笑)」と話した。一方で、来年1月に公開される『室町無頼』については「大泉洋さんに『二刀流にしましょう』とか、堤真一さんに『ここは馬から降りて戦いましょう』とか、めちゃくちゃ言っていますから(笑)題材によるかも知れない」と語った。
今回上映される5作品について「僕の中ではどれも大事な子供たちで選べないので、最終的には映画祭に選んでもらって」という入江監督だが、実際に選ばれた5作品については「社会の移り変わりとか、自分が年を取ってきたことが図らずとも出たなと。僕が商業映画を取り出してから今日までを映している5本を選んでくれた感じがする」と感慨深げな様子を見せた。また、大スクリーンで上映されることについて「うれしいです。配信で見る集中力を想定して作っていないんです。映画館で暗闇で知らない方と一緒に見ることを想定して映画を作っているので、やっぱり特別だし、ここで見ていただくのがうれしい」と語った。
【写真・文/編集部】
第37回東京国際映画祭は2024年10月28日(月)~11月6日(水)に日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区にて開催