太平洋に浮かぶバヌアツ共和国タンナ島を舞台にした悲恋ドラマ『タンナ』のキャロライン・ジョンソンプロデューサーに単独インタビューを行なった。本作は、第72回ヴェネチア国際映画祭でも上映され話題となっている。
キャロライン・ジョンソン プロデューサー(以下、プロデューサー) 何よりも日本で公開したいからです。そのためには映画祭が一番いい方法です。たとえ少人数でも口コミで広がり、配給会社が興味を示してくれれば公開できるのではないかと思っています。ヨーロッパやアメリカでも公開されていて、多くの方々に注目していただきました。ただ、アジア太平洋地域の多くの人に見てもらいたいと思っています。日本からは太平洋を隔てたすぐそこにバヌアツはあります。アジア太平洋地域で広がっていければと思っています。
―近い文化があるので受け入れやすいですね。
プロデューサー 歴史を紐解くと、元々東南アジアや南アジアなどにいた民族で、そこからメラネシアの民族が始まりました。大きなカヌーを作るようになって、そのカヌーでバヌアツにたどり着いたという歴史があります。
―歴史にお詳しいですが元々関心があったのですか?
プロデューサー 2人の監督は元々ドキュメンタリー作家で、「First Footprints」(2013)というTVドキュメンタリー番組を作りました。アボリジニの物語で、5万年前に欧州人が到着するまでのオーストラリアを描いています。その後、太平洋の島々をフィーチャーした番組を作ろうという話があったので、その中でバヌアツの事を調べていました。しかし、予算がカットされ、作ることができなくなってしまいました。元々バヌアツの人たちをフィーチャーしたドラマを作ろうという構想はあったので、予算がカットされてドキュメンタリー番組が作れなくなったタイミングで、いっそドラマを作っちゃおうとなりました。
―プロデューサーには、キャロラインさんと2人の監督の名前が連なっていますが役割分担はありましたか?
プロデューサー 役割分担はありました。脚本はマーティンとベントレーがジョン・コリーという有名な脚本家と3人で書きました。私も脚本に対して意見を言ったりもしました。3人のプロデューサーのうち、ビジネス面は私が主に見ていて、マーケティングは3人で見ていました。いざ撮影が始まるとマーティンはずっと現地にいましたし、ベントレーも大部分を現地で過ごしました。プロデューサーが2人とも現地入りしちゃったわけです。Wi-Fiも常時つながらないところですから、常に連絡が取れるプロデューサーが必要ということで、私はオーストラリアを拠点にして、バヌアツとオーストラリアを行き来していました。撮影現場では2人の監督はベントレーが撮影担当、マーティンが音担当と、役割分担をしていました。Wi-Fiが不安定なので、電話をかけるためには山からふもとまで降りてきてこれなければなりませんでした。ベントレーは奥さんと5歳と3歳のお子さんと一緒にずっとバヌアツにいました。ベントレーの奥さんのジャニータは、映画制作の経験はないのですが、プロジェクトマネージャーとして非常に優秀でした。そのためロケーションプロデューサーとしてクレジットしており、キャストの仕切りをしたり、お金の管理もしてくれました。
―とても複雑なチームですね。
プロデューサー 複雑ですが少人数で済みました。撮影現場では、ベントレーがカメラを構えて、マーティンがマイクを持ち、JJ(ジミー・ジョセフ・ナコ/文化ディレクター)が通訳し、ジャニータがマネージャーを行いました。衣装は普段着ですし、火山もそのまま撮っているので、スタッフは4人だけで撮影しました。編集担当のタニア(・ミッチェル・ネーム)は、5週間ほど島に住んでもらいました。村の小屋に編集室を作り、撮りながら編集を進めました。住民や監督に見せてフィードバックをもらいながら、少しずつ編集しました。
―自然が美しく、火山の迫力がすごいですね。
プロデューサー すべて実際のものです。多少手を加えてますが、CGでいじったりはしていません。火山の付近は強風が吹き荒れていて大変でした。ただし、辛いシーンの撮影にはぴったりでした。女の子が初めておじいちゃんと火山の入り口に行ったときにびっくりしていますが、あれは彼女が本当に初めて火山に行ったのでびっくりしていた様子なのです。
―住民にとってヤスール山はどのような存在ですか?
プロデューサー 祈祷師のアルビ・ナンジャさんは、劇中で火山の母神の「声や奏でる歌が聞こえる」という設定ですが、実生活でも祈祷師なので、実際にそのようなものがわかる方です。族長と祈祷師が「同じ歌が聞こえた」という設定ですが、火山は神的な存在で、ヤケル族は自然と一体になっているので、自然や天候、風や雨など火山と深い関係性を築いています。
―劇中で歌われる曲がありますが、部族内で歌われていた曲ですか?
プロデューサー 元々あった歌です。ストーリーに関しても、島に行った時点で構想が固まっていたわけではありませんでした。現地では、カバの根をお酒を酌み交わすように飲みます。マーティンとベントレーも住民と夜な夜な飲みながら、その中で「恋人たちが心中した」という1997年に実際に起きた話をし、彼らは突然歌い始めました。それが劇中でも歌われる「恋人たちの歌」でした。歌詞を聞くと、これはネタになるかもしれないと思いました。それで話の軸は決まりましたが、それだけだと長編にはならないので、ほかの要素も入れていこうということになりました。敵対する部族との闘いは、恋人たちの心中があった年代よりもはるか昔に起きたことで、フィクションにはなるけれど盛り込むのも良いのではないかと考え、話を組み合わせました。
―そういった話を聞くことができたのは幸運ですね。
プロデューサー 何よりも住民との共同作業を大事にするということ、彼らがリアルと感じられるストーリーを作ることが肝にあったので、セリフを書くたびに彼らにチェックをしてもらいました。翻訳して、これでいいかと承認を得ました。そのためクレジットの脚本担当には「ヤケル族の皆さん」と入っています。
―ドキュメンタリー制作の経験が生きているんですね。
プロデューサー そうですね。ドキュメンタリー制作で、少人数でさまざまな事を行なうことに慣れているので、そのことが功を奏しました。リアルで現実に根付いたものでなければならないという意識があり、彼らの生活を借りて作っている映画なので「彼らの映画を作っていくんだ」と考えていました。
―音楽について意識したことはありますか?
プロデューサー 大自然に合うような音楽を意識しました。本作ではアントニー・パルトスが音楽を担当し、自然音やドラム音、人の声が中心です。ヴォーカルはリサ・ジェラルドですが、歌詞をつけずに声だけで歌ってもらっています。いわゆるサウンドスケープ的なもので、楽器はチェロと現地のものだけです。この物語の根底に流れる感情を表現しつつ、違和感がないように自然に聞こえるように心がけました。映画に合うようにお願いし、あとはアントニーのセンスに任せました。ヴォーカルを女性にしたのは、火山の母神を表現したかったのです。
―今後作りたい作品や、今動いているプロジェクトがあれば教えてください。
プロデューサー 5本分の予算をかき集めようとしているところです。本作のベントレーとマーティンの両監督と再びタッグを組もうとしています。マーティンの奥さんはTVジャーナリストとして有名な人ですが、パーキンソン病になってしまいました。マーティンと奥さんが被写体になるドキュメンタリーを作ろうと資金を集めようとしているところです。
―今後日本で公開されたときの観客のみなさんにメッセージをお願いします。
プロデューサー 私が本作を通じて、どんな社会でも適応しなければならないというメッセージが魅力的だと思いました。タンナ島のみなさんは周りが近代化する中で、追従することなく伝統を重んじて、自分たちの文化を継承していこうという姿勢でいます。しかし、その中でも病院には行きますし、受け入れる柔軟性もあります。恋愛結婚は可能にしようと判断したところもポイントです。
【取材・文/坂東樹・河野康成、写真/坂東樹】